三鷹FCの歴史#3(F.C.GALLO)

GALLO ROMANISTAも順調に活動しておりましたが、多少強豪チームの
仲間入りをしだすと問題が生じてきます。結局またローマクラブとして
単独で活動したいという要求や欲求により不穏な動きがチーム内に現れ
たことでチームを分けて運営する事となりました。
もともと単独チームで活動していたチーム同士ですから無理もないので
しょうが、私としては「一緒にやろうよ」と言われその気になってやっ
ていたら「やっぱりやめようよ」と言われたのと同じですからここでロ
ーマクラブの運営も辞退することにしました。
そして「F.C.GALLO」と名前を改め単独チームで活動することとなった
のです。
ローマクラブは残念ですが、その後チームが消滅しました。チーム運営
マネージメントの重要性をこの時に学びました。

「F.C.GALLO」として再スタートとなりましたが、チームとしてのメン
バーが減っただけで影響はほとんどありませんでした。
このころの活動としては、チーム活動だけでなくブロックや三鷹市の運
営役員、トレセン(三鷹市・14ブロック)のメインコーチなど地域の
サッカー活動にも積極的に協力した時期となります。
思い出されるのは東京都大会で優勝したこと!
4年生の都大会となりますが、府中の関東村でブロック代表チームを集
め行われましたが予選リーグのあった日に井口小学校が学芸会と重なり
(主力選手が何名も不在)他の小学校のメンバーで戦い見事予選突破、
決勝トーナメントを勝ち抜き優勝したことです。
また、14ブロックトレセンメインコーチで東京都選抜大会で優勝した
こと(鹿島アントラーズ三竿選手がその時のメンバー)
次の年に準優勝(決勝で負けてしまいましたが、その時の紅一点、なで
しこJAPANの岩淵真奈選手がメンバーでした。)
残念ながらプロ選手や日本代表で活躍している選手は我がチームの出身
ではないですが、今後も頑張ってほしいと思います。

また同時にC級~A級地域スポーツ指導員(マスター)の資格を取得する
中で学んだクラブマネージメント学を基に理想とするクラブ作りを目指
とすことを決心しました。
それは大人から子供まで多年層が所属する地域クラブです。その為の準
備として新しく制定されたNPO法人の設立を決断しました。

三鷹FCの歴史#4(三鷹FCウエスト)に続く

三鷹FCの歴史#4(三鷹FCウエスト)

地域スポーツクラブの設立を目指し、NPO法人(特定非営利活動法人)
を取得(Disport三鷹:2003年設立、「Disport:ディスポルト」とは
スポーツの語源で ” 遊ぶ ” といった意味)

何故法人化する必要があったのか、それは前にも述べた「FC三鷹サッ
カースクール」を運営していたいた時に体験したことで、「FC三鷹」
の運営団体は三鷹市教育委員会・FC東京・地域住民で構成されていま
した。三鷹市は練習会場の確保(1年間中学校ナイター開放を優先確
保)FC東京はメインコーチを派遣(メインコーチとして中学生及び私
たち地域指導者のマスター指導者として)地域住民は我々少年サッカ
ー指導者(運営や中学生のサッカー指導を行う)で構成され活動を行
っていました。
その活動を通し感じたことは、その拠点・備品(練習用具・財産)・
銀行口座等、運営に必要な物の持ち主は個人名義でなければならず、
そのほとんどを私が負担していたこと(うちのチームの持ち物で賄っ
ていました。)「FC三鷹」は全盛期には中学生が50人以上となり
組織として運営するには社会的な信用や存在を明確にする必要を感じ
たからです。私は自身の活動が忙しくなり3年間務めましたが、運営
から外れることとなりました。(中村コーチも同様)
その後何年間かの活動を経て「FC三鷹」も中学生の参加者が減少し
消滅となりました。これは、「クラブを半永久的に存続させるために
何をしなければならないのか」ということを考えさせられる出来事と
なりました。(これはF.C.GALLO時代の出来事です。)

我がNPO法人の設立は三鷹市で初めてのことでした。
その当時、国策として総合型地域スポーツクラブを各道府県及び市区
町村に地域住民が主体となる地域スポーツクラブの設立をしなければ
ならないという政策が打ち出されており、三鷹市においてもその政策
を実現すべく模索していたため、スポーツ推進課(当時振興課)から
の連絡受け「NPO法人設立の趣旨を聞かせてほしい」とのことでヒア
リングを受けました。
その時に行政と共にヒアリングに参加していたのが三鷹市の体育導員
で「三鷹市の西部地区をモデル地域として総合型地域スポーツクラブ
の設立をしたいので協力をお願いできないか」との話となり設立趣旨
とも合致したこともあり当法人を含めたソフトバレー・フットサル・
野外活動(ICUの准教授主催)・ソフトテニス等の団体で総合型地域
スポーツクラブ「三鷹ウエスト」を設立することとなりました。

この様な動きを受けてチーム母体のNPO法人と共に新しいサッカー
活動へと変動していきます。「三鷹ウエスト」の活動として以下の
物が追加されました。

まずは、当法人として多年層が所属するクラブを目指すこと!
■中学生年代(Jrユース)・18歳以上年代のカテゴリーを追加・募集
この際、広く地域からの募集を行いたかった為、「F.C.GALLO」
の名前を継続せず、「三鷹FCウエスト」と改名をいたしました。
Jrユースはどうにか試合ができる人数が集まり、三多摩リーグに参戦
また、大人の部はGALLOの保護者たちが集まり、三鷹市サッカー協
会のリーグに参戦(当時は幼児から壮年までのサッカーチームとして
活動しておりました。)

そしてサッカーの普及発展、地域貢献・青少年健全育成に寄与する目的
でサッカースクールの開催を行いました。(小学校長の理解を得て学校
施設の提供をしていただきました。)
■二小・井口小学校でのサッカースクールの実施
毎週火・金曜日:第二小学校 校庭及び体育館(雨天)にて低学年
(1~3年生)のサッカースクールを開催。
(16:00~17:30)
毎週水曜日:井口小学校体育館にて市民開放となるまでの間の時間帯
(16:30~18:00)にフットサルスクールを開催。

これらも3年間の活動を経て「三鷹ウエスト」からの脱退により閉鎖を
いたしました。(三鷹ウエストの脱退については長くなりますので割愛
させていただきます。)

その後はJrユースの活動(練習会場確保)に限界を感じ「三鷹ウエスト」
脱退とともに活動を中止しました。

三鷹FCの歴史#5(三鷹FCへの道)へ続く